20期振り返りブログ【りょうさん編】「成長」の再定義

皆さんこんにちは。牛島ゼミ20期のりょうです。

ついにやって来ました、2年間の振り返りブログ。
振り返りブログが大好きな僕は、過去の先輩方が皆、清々しく文章を綴っているのが印象的で、自分もこれを書くときにはそんな気持ちでいれるようにゼミ生活を過ごしたい!と思っていました。
幸い今現在、非常に清々しい気持ちで向き合えています。どうやら僕のゼミ生活は間違っていなかったみたいです。うん、良かった。

さて、最後のブログについて、他の人も沢山触れると思いますが、「成長」について僕も触れていこうと思います。ただ、僕は一部ゼミ員にも言っていますが、去年内には書くテーマや内容は決めていたので、もし被りがあってもご容赦下さい。僕のせいじゃないです(笑)

 

 

牛島ゼミとは切っても切り離せない言葉、「成長」
3年生の春学期にディベートやプロジェクトを始めとした数々の活動で自分の無力さをまざまざと見せつけられ、ゼミ員皆、何かに憑りつかれたように「成長したい!」と口々に言う雰囲気は牛島ゼミの風物詩です。(ディスってません。そんな姿勢でゼミに向き合うゼミ員を僕はすごく尊敬しています。特に同期のM・Tさん、そうだよね。)

ただ、この少々暑苦しい上昇志向はある種のリスクをはらんでいます。
それは、自分が目指していた成長後の目標や理想像に届かなかった場合、不必要なまでの自信喪失や自己嫌悪に陥る可能性です。

「こんなに頑張ったけど、ダメだった。」
「自分は元々才能がなかったんだ。」
「ゼミ生活、失敗しちゃったかな。」

自分が思い描いていたようにゼミで成長できればいいのですが、そうならないことも多々ある中で、自分の理想像や目標に縛られすぎてゼミ生活を過ごすのも僕はどこか違うんじゃないのかなと思っています。

今回は、そんな過度な成長志向にあるゼミ員・そして牛島ゼミでいずれそうなるかもしれない二年生の皆さんに僕なりの考えを述べさせて頂ければと思います。

これを話す際に、僕の経験談が必要なので少し語らせてください。
かく言う僕もある程度の上昇志向をゼミでは持っていて、自分が不得意なことが克服できたらいいな、みたいな考えは持っていました。
そんな僕も2年間のゼミ生活を終えて、そんな不得意なところは、はっきり言ってほとんど克服できずに終わりました。
具体的に3つ挙げます。

①チームを引っ張っていく力、役割
元々、組織の中ではリーダーをサポートしたり、支える方が性にあっている自分ですが、ゼミ生活(特にプロジェクト)ではチームを引っ張っていく方の役回りでした。試行錯誤しながらなんとなく考えた自分の”リーダーっぽさ”に従ってチームをまとめていましたが、自分から皆を巻き込んで引っ張っていくという役割を果たせた覚えはありません。正直なところ、これからの組織においてもリーダーという役回りを積極的にやろうとは思いません(笑)

②マルチタスクをする力
これは作業という面でも予定という面でも当てはまります。
作業では、ゼミ生活については圧倒的に議事録ですね。特にディベート活動では、自分の考えや意見をまとめるのに必死すぎて、議事録を書くということを忘れてしまい、誰かが代わりに書いているみたいな光景が多々ありました。(同じメンバーのM・Mさんには助けられました。ありがとう。)
予定という面では、元々忙しいのが大嫌いな僕は、予定が入りすぎるとすぐにショートしていました。ゼミ員の中ではぶっちゃけ暇な方の部類に入る人間ですが、それでも予定が立て込んだときはすぐに機能不全に陥っていました。
この2つも昔から進歩したかと言われると、そうは言えません。予定を入れるのが好きな人が多いゼミ同期は、自分とは別の世界線にいる人だと今でも信じて止みません。

③義務感や責任感でゼミ活動をしてしまう
これは良いことでもあるのですが、裏を返せば自分の興味ややりたいことも特に無く、ゼミ活動を送ってしまうということでもあります。
元から自分の興味の幅がかなり狭い僕は、一度ハマるとのめり込むのですが、そこまでがすごく長い。特にプロジェクト活動では自分がやりたいことを企画にしていくのがベースにあるので、2年間、自分は何をやりたいんだろうという思いとずーっと向き合っていた印象があります。

さて、3つ挙げましたが、今考えてもそれぞれゼミに入って変われたかというとそんなことはなく、元々の自分のままです。
これを聞いた2年生の皆さんは、いや「ゼミで成長できないんかい!」「お前はゼミで何をしてきたんだ?」と言いたくなるかもしれませんが、僕自身はこれでいいと思っています。

それはなぜかと言うと、この2年間を通じて、自分の苦手なところにも向き合って変えようとチャレンジしたからです。
そして、その経験から”向いてないなりにも上手くやる”ということは得られたと思っています。

例えば①。結局チームを引っ張るという役割は出来なかったけれど、チームを下から押し上げる、そういったリーダー像は描けたかなと思います。
他の人が興味や好奇心で企画を進めてくれるのを見ながら、僕自身は日程や連絡など、互いの信頼関係に繋がる部分は最大限できることは行い、そこに関連して「これを許してしまうと組織としてダメになるな」と思ったことに関しては、嫌われ役になってもいいからあえて厳しめに言う、そんな役回りでチームに関わっていました。

②、③に関しても、②は作業でも予定でも今やることの優先順位を付けるように意識したり、③は自分の興味に引っかかる可能性が低いなら、いろんなことに参加して母数を増やしたり。自分の中でやれそうなことはやってきたつもりです。
そうしていくうちに、やっぱりこれは向いてないなと感じることもありましたが、それはそれで良いんだと思います。不得意なところを改めて不得意だと認識するのも一種の成長だと僕は考えます。

つまり何が言いたいかというと、頭を使ってチャレンジさえしていればその後の結果は何でもよくて、必ずしも出来なかったことが出来るようになることが正解ではないということです。

というか、簡単に成長してたら人生面白くないでしょ?苦労があるからこそ人生に深みが出るんです。(何を言っているんでしょうか。)

というわけで、これから牛島ゼミに入る皆さんもとりあえずは肩の力を抜いて、気楽にチャレンジしてみてください。
あと、これに関連して先生も成長についてのブログを書いているので、それも見てくださいね。

最後に

牛島ゼミ、本当に楽しくて大好きな場所でした。みんなありがとう。またね。

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