19期振り返りブログ【こんまりさん編】「聞く」って奥深い

こんにちは。全てにときめいてしまってお片付けが終わらない19期のこんまりです。

ちょうど2年前、私が2年生だったときに先輩方の振り返りブログを読んでいて、「活動をするだけではなく、それを振り返り、自分の言葉で表現する機会がある」というのが素晴らしいなと思っていました。それが牛島ゼミを志望した理由の一つでもあります。なので、今こうして振り返りブログを書いているのがとても感慨深いです。時が過ぎるのはなんと早いことか。。。

さあ、私の番が回ってきた。何を書こう。

おそらくゼミで会得したことや自分自身の変化などについてみんな書いていると思うので、私も“ゼミで学んだこと”というテーマで書きます。

それは、ズバリ「聞く」ことです。

意外に思われたでしょうか。たぶん2年生の時の私が一番驚いていると思います。ゼミに入る前は牛ゼミで聞き方を学ぶことになるとは想像もしていませんでした。

ゼミ説などで牛島ゼミの説明を聞いていると、様々な活動をしていてたくさん行動する機会がありそうと感じるのではないでしょうか。確かに行動して発信する機会はたくさんありますが、それ以上に人の話を聞く機会がとても多いです。

考えてみれば当たり前なことなのですが、卒論発表をするのは1回なのに聞くのは約40人分で、5人で会議をすると5分の4は聞く時間で、さらにゲストスピーカーを招いてその方の考えを数時間聞くという機会まである。聞いてばっかりですね。私の耳、お疲れ様。

こんなに聞く機会があれば何かしら成長しているだろうということで、場面別に振り返ろうと思います。

聞いているようで聞いていなかった第一回ディベート

牛島ゼミに入って、最初に取り組むのは第一回ディベートです。まだお互いのことをわかっていない同期といきなりグループを組まされ、今まで取り組んだこともないディベートをします。ディベートでは肯定側と否定側に分かれており、まずは自分たちの主張である立論を組み立てます。今思えば私はこの時全く「聞く」ことができていませんでした。

議論するのか、アドバイスするのか等、場面によって異なってくると思いますが、「聞く」には以下のような段階があると思います。

①右から左へ通り抜ける「聞く」(いわゆる聞いてない)
②相手の言葉をそのまま「聞く」(何も考えていないので返す言葉は「反射的」になる)
③自分の考えと照らし合わせながら「聞く」
­④相手の意図を考えながら「聞く」
⑤最終的なゴールを頭の片隅に置きつつ、より良いものにならないかと模索しながら「聞く」

第一回ディベートの時は②くらいまでしかできていませんでした。自分の意見をしっかり持っていない状態で立論作成のための議論に臨んでいたので、行き当たりばったりで、特に進展を生み出せなかった会議も多くありました。その結果、立論提出期限に間に合わず、提出時間で牛島ゼミ史上ワースト記録を樹立することとなりました。

さらに、試合中には自分の言いたいことを言うのに精一杯で、まさに①の状態で相手の質問を聞き、噛み合わないちんぷんかんぷんな回答ばかりしていました。


(お揃いTシャツで挑んだ第一回ディベート。懐かしい。)

幸い、ディベートが終わった後も牛島ゼミではディスカッションする場が多かったので、優秀な先輩や同期の聞く姿勢を見て、③くらいまでは到達することができました。

相手の意見の背景まで考えられるようになった三田論

④の重要性を感じたのが三田論の時です。

テーマとそれに対する立場が決まっているディベートとは異なり、三田論はテーマ設定も論展開の方向も基本的には自由です。論文執筆では、問題提起→仮説→検証→結論という過程を繰り返していきます。自由であるが故にグループで同じ視点を共有しながら議論するのは大変なことでした。話し合っていると、根拠に基づいたしっかりとした意見であることは理解できるのですが、そもそもなぜその意見を相手が言っているのかわからず、どう進めれば良いのか迷う時がありました。その時に、「都市と地方の違いを明確に示したいからこの切り口を推しているんだ」であったり、「この点に面白さを感じているからこのような結論にしたがっているのか」であったりという、相手の意見の裏にある思考の流れまで理解しながら聞くととても議論しやすくなりました。これは難しいことではなく、聞くときに理解しようと意識するだけでだいぶ違ってきます。三田論で、先程書いたような問題提起から結論の“迷宮の森”を脱出するためには相手の意見の背景を知ることは必須だと思います。


(3年生の秋、フィールドワークを終えて満足げな三田論班in北千住)

牛島ゼミは、三田論においても卒論においても、「○○がやりたいことは●●だと思うから、こういう視点も入れたらもっと面白くなるんじゃないかな」というフィードバックをもらうことができる恵まれた環境です。⑤までできている人がたくさんいる環境にいると自分も自然とそのような聞き方を意識します。素晴らしい環境ですね。とはいえ、私はまだまだ修行中の身ですので、完全に体得できるように社会人になっても頑張ろうと思います。

わからない時に「もう一回言って」と言えるUnispo

日本語の「聞く」には、“listen”と“ask”の両方の意味が含まれています。これまでlistenの「聞く」について語ってきましたが、少しだけaskの「聞く」についても触れたいと思います。

Unispoの活動をしていて、“listen”と“ask”には面白い関係性があって、両者が影響し合うことでより良い「聞く」が生まれるのではないかと考えるようになりました。

Unispoでは「誰もが過ごしやすい社会の実現」を目指しており、障がいを持つ方にインタビューする機会が多くあります。そこでは質問するときに、相手の魅力を引き出せるように、見当外れなことを言って失礼にならないようにと相手の話をよく聞きます。このように、効果的なaskをしたいと考えていると自然とlistenに力が入ります。

その逆もまた然りで、会議ではメンバーの意見をlistenしたいと考えていると、自然とaskが浮かんできます。(ルー大柴風でよくわからなくなってしまっているのはご勘弁ください。)

“listen”だけの受動的な「聞く」が、“listen & ask”になったことで能動的でパワーアップした「聞く」になるのを感じました。

私はわからないことがあったら質問せずに黙って考え込むタイプの人間です。そんな私でも“ask”の重要性に気づけたのは、私の考えがまとまるまで待ってくれて、理解できなかった時に「もう一回お願い」と言っても嫌な顔ひとつせずに、わかりやすく、そして根気強く話してくれる仲間がいてくれたおかげです。みんな、ありがとう。


(いまだにどうしてこの構図になったのか思い出せないUnispo集合写真)

「聞く」ことに表面的な違いはありませんが、「何を考えながら」聞くのかによって同じ話でも得るものが変わってきます。社会人になっても「聞く」時間は長いはず。なんなら今よりも長くなるかもしれません。これからの人生の大部分が「聞く」ことであるならば、その時間を有意義に過ごしたい。そのためのタネを牛島ゼミからもらえた気がしています。

一緒に活動してきた同期、先生、先輩、後輩、その他出会った方々には感謝しきれません。本当にありがとうございました。こうして牛ゼミでの充実した2年間を振り返っていると、不思議なことに文字がだんだん霞んで見えてきました。

ブルーライトの浴びすぎでしょうか。最近は画面を見る時間が増えましたからね。さて、私の目のためにも、皆さんの目のためにも、この辺りで失礼しようと思います。

最後に、2年生へのメッセージ

2年生の皆さんは牛島ゼミに淡い期待を持って入ってきてくれると思いますが、牛島ゼミは完璧ではありません。すごいなと思う部分もたくさんありますが、直さなければならない部分もたくさんあると個人的には思います。私の場合は3年生の時に目の前の活動に取り組み、4年生の時にコロナ禍に対応していたら、直す間もなくあっという間にゼミ生活が終わってしまいました。なので、20期やこれから入る21期にはどんどん変革していってほしいです。特にオンライン活動になったことで変化が求められている時期だと思います。実は三本柱の一つであるプロジェクト活動は初期から存在していたものではなく、11期から開始したものです。私は、「牛島ゼミ10年周期変革説」を信じているので、21期も変革の年になるのではないかと感じています。そんな21期になる皆さんには、現状を受け入れるだけでなく、“Something new, creative first.”の理念を体現してくれることを期待しています。

重い願いを語ってしまいましたが、何より2年生の皆さんが後悔なくゼミ選択、そしてゼミ試験を終えられるよう心より願っております。

ありがとうございました!

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