24期の最後の振り返りブログ。同期の文章を読んでは「なんでこんなに上手いの?」と感心していました。そんなハードルを勝手に上げられた状態でトリを務めるのはどうなんだ、という気持ちもありますが、今日は私のペースで本音を綴らせてください。
改めて、24期でゼミ長・副入ゼミ長を担当し、ユニタメとディベート肯定班に所属している、とうまです。
牛ゼミでの活動は同期と重複する部分も多いので、テレビ番組『アナザースカイ』のように、自分のルーツやゼミでの学びについて本音で書かせていただきます。2年生だけでなく同期ですら知らなかった私の一面もあるかもしれません。お楽しみに
怪人二十面相
自分を一言で表すなら、これが一番近い気がします。私はどんな環境でも自分を「再定義」して適応するタイプです。ゼミにいる自分、家にいる自分、バイトの自分、外部の方と話している自分、全部顔が違う。高校時代の友人からは「え、別人?」と言われるほど大学デビュー認定を受けていますが、内側の私は家では静かに息をひそめて生きるインドア生物です。そのせいか「何を考えているの?」とよく聞かれます。その通りなんです。自分でもそう思います。でもその“多面性”こそが、今の私を形づくる大事な要素なのだと気づきました。
他人軸だった自分と、変わり始めた自分
ディベートもユニタメも、共通して教えてくれたことがあります。それは「自分の意思を持ち、意見を言う大切さ」です。今までは、相手を常に優先して生きていました。それは相手の幸せが自分の幸せだと思っていたからです。けれど、よく言われる比喩のように、自分のコップが空のまま他人に水を注ごうとすると、どこかで歪みが生まれる。これを頭ではなく体感として理解できるようになったのが、この2年間でした。
グループワークやチームで活動する機会が多い牛ゼミで、自分の意思を持って議論に参加し、時には躓きながら前に進む経験は、本当にかけがえのないものでした。
23期の先輩たちに頼り切っていた昨年から一転、今年はプロジェクトでトントゥフェスティバル、SFC-IFC、小学校企画など24期主体でゼロから作り上げる機会が多く、達成感と成長を強く実感しました。
そして気づいたんです。
心が満たされていると、仲間のために動こうと思える。
このマインドをくれたのは、牛ゼミでした。

プリクラwithディベート肯定班
ゼミ長
3年生の秋学期から気づけばゼミ長に。まさに新章開幕でした。といっても、特別なことをしていたわけではなく、毎回のゼミのファシリテーションや事務連絡、運営を淡々と続けていただけなのですが…..。牛ゼミの面白いところは、なぜか急に「この子、ゼミ長になりそう」という謎の空気が漂いはじめ、気づいたら就任しているという現象が起きることです。もちろん、それだけ同期にゼミ長を推してもらえるのは大変光栄ですが、その反面、「自分に務まるのか?」という不安も抱えていました。
その不安の背景には、2年生の頃にある団体で役員を務めた際、うつ病になった経験があります。詳細は省きますが、当時は友人にも家族にも迷惑と心配をかけました。その反省と後悔を抱えたまま、私は「フェーズ1」を終え、「フェーズ2」の新しい自分になるために、ゼミというフィールドでゼロから挑戦し直すことを決めたのです。Mrs. GREEN APPLEのアルバム構成でいうと、完全に世界線が切り替わるタイミングでした。けれど、同時にリーダーという存在に対する恐怖心やトラウマも残っていました。
しかし、そんな悪い予感を、牛ゼミは見事に裏切ってくれました。もちろん良い意味でです。
アットホームで温かい空気、そしていつでも手を差し伸べてくれる心強い仲間たち。その存在が、私の不安を自信に変えてくれたのだと思います。みんなが当事者意識を持って走り抜ける姿に何度も救われましたし、暗闇を彷徨っていた私が、再び光の方へ向かって歩けるようになったのは、太陽のように明るいゼミメンバーのおかげです。
同期から「太陽になれきれない月」と言われたことがありますが、本当にその通りだと思います。私は眩しい太陽にはなれないかもしれません。でも、みんなのお陰で夜空でもきちんと光る「月」にはなれた。つらい時も、大変な時も、静かにゼミ全体を照らすような存在になれたのなら嬉しいです。
こんな風に色々と語ってしまいましたが、牛ゼミは毎年、個性豊かで、優しくて、信頼できる仲間に囲まれている、本当に恵まれた場所です。

ゼミのみんなで慶早戦観戦も!
牛ゼミを選択した理由
ゼミ選びをしていく中で、私がなぜ牛ゼミを志望したのか。一言でいうと「アットホームなコミュニティが欲しかったから」です。3年生になるとサークルもほぼ辞め、クラスもなくなる。となると、もしゼミに入らなければまともに大学へ行くモチベーションが保てない気がしていました。私はモチベーションの波がとても激しい人間です。ゾーンに入れば周りが一切見えなくなるほど集中する一方、入らなければひたすらダラダラ。直そうと思ってもなかなか直らない…..はい、今も現役で続いております。
話を戻すと、もちろんESや面接で「コミュニティが欲しいからです!」と叫んでも落ちる未来しか見えないので、当時の牛ゼミの先輩方のお話で印象に残った内容をメモして思い出したり、オープンゼミ後に興味を持ったユニタメプロジェクトの先輩に質問攻めしたりして、自分なりに志望理由へと落とし込んでいました。思い返すと懐かしいですね。日本語で文章を書く能力が壊滅的すぎて、何度も友人や家族に添削をお願いしていました。
ここで私が伝えたいのは、「入口」と「出口」を意識することの大切さです。これはユニタメで企画をゼロからつくる中で学んだことですが、興味の入口は人によって違って良いし、むしろ違うからこそ面白い。
同期の振り返りブログを読んでいても、「自分の殻を破る環境がある」「地域との対話での経験」「フィールドワークに一目惚れ」など本当に様々でした。つまり、牛ゼミに入りたいという入口は抽象でも具体でも自由。大事なのはその先、「出口」としてどんな自分でありたいかです。ゼミは大学生活を「あなた色」に染める手段です。この2年間を通して何を得たいのか、牛ゼミというアセットをどう使いたいのか、それを是非考えていただきたいです。もちろん、現時点で具体的に言語化する必要はありません。最初は断片的で当然です。これは入ゼミ期間だけの話ではなく、ゼミに入ってからも、そしてこれから何かに挑む時にも、折に触れて思い出して欲しい考え方だと私は思っています。
私にとって牛ゼミとは
フェーズ2に突入した自分を磨き、アイデンティティを再構築してくれた、そんな大切で大好きな場所です。どんな時も親身に寄り添い、どこへでも活動に顔を出してくださる牛島先生。自分を受け入れ、背中を押してくれた頼もしい先輩方。本気で取り組む時と子どものようにふざける時のギャップが激しすぎるけれど、誰より信頼できる同期。和気藹々としながらも熱気に溢れる後輩たち。そんな素敵な人たちと過ごす環境に恵まれたからこそ、私はここまで来ることができました。
特にディベートは忘れられない経験です。2年生の頃に「英語ディベート」を履修していたので、「ここなら活躍できるはず!」と軽い気持ちで挑んだ結果、3年生最初のディベートで完敗。その後の他ゼミとの試合でも引き分け。出だしから険しい洗礼を受け、「自分には向いていないのでは」「引きずるとあの頃のトラウマのようになるのではないか」と心が揺れました。でもそこで逃げたら、フェーズ1の自分と何も変わらない。「ここで変わるために牛ゼミを選んだのに、逃げたら意味がない」そう思い、ディベートを続けることを決意しました。その踏ん張りがバネとなり、渋沢杯肯定班では準優勝ながら全戦全勝。悔いなくディベートの幕を降ろすことができました。チームでここまで本気で戦うのは、個人スポーツばかりしてきた自分には新鮮で、挑戦を重ねる度に新しい気づきと成長を実感しました。そして、ここまで自分を変えられたのは、やっぱり牛ゼミという「第二の故郷」があったからです。
だから、
ここが私のアナザースカイ。「牛ゼミ」です。

大好きな24期たちwith牛島先生


