こんにちは、24期のななみです。
このブログを書くにあたり、先輩方のブログを読み直したのですが、面白い文章を書いていて文才の差を感じました。文豪的な文章がかける人間になりたいのですが、あいにく私には難しいので、時系列順にゼミでの思い出を書いていきたいと思います。(ユーモアが欲しいですね)
P.S 時系列順に書いていたら長くなってしまったのでそれを踏まえて読んでいただけるとありがたいです。
まず初めに牛ゼミにであう前までの自分について話したいと思います。
私は小学生のときにバレーボールのクラブチームに所属しており、それがきっかけでハイキュー!にハマり、そこからアニメ漫画オタクの道を突き進んでいました。高校では少林寺拳法という武道をはじめ、大学でもそれを続けながら、声優アニメ漫画好きが集まるサークルに所属していました。サークルの部室で新しく出たグッズの話やイベントの話をしながらゲームをする、そんな日吉時代でした。性格面では人前に立つのは割と苦手ではない(なぜなら頑張ったら褒めてもらえやすいから、承認欲求モンスターですね)自分にも比較的厳しいけど他人にもそれを求める。mbtiを参考にするならゴリゴリのentjの人間です。
バイト代でグッズを買ったり、友達と聖地巡礼を兼ねて旅行をする推し活全振り!という生活をしていた私が牛ゼミを知ったきっかけは友達に誘われたからというだけです。

推しのイベント前の写真、大体ゼミ入る前はこんな感じだった。
牛ゼミを知ったきっかけは受け身なものであったものの、ゼミ選びは真剣に取り組んでいました。第二回説明会に参加して色々なゼミをみてどこもなんか合わないかも…?なんかオタクいなくない…?と思いながらもインスタで情報を集めるという日々を送っていました。
転機は12月の昼休み説明会。いつもご飯を食べてた友達が牛島ゼミの説明を聞きにいくから一緒にご飯食べられないと言われ、1人で学食に行くのも寂しかったのでついていくことにした。これが今の私の三田キャン生活の始まりです。
元々何かしらのゼミには所属したいなと思っていたものの、特にやりたい内容がなかった私は牛ゼミの説明会を聞いて楽しそう!と思い第一志望群にすることを決意。5限に語学の授業があってオープンゼミにはいけないため、せめてもと日吉で行われたディベート見学会と4年生トークショーに参加しました。
ディベート見学会ではテーマが金融政策であったため議論の内容はよくわからないまま、必死に資料を読み、ペラペラと裏表をひっくり返すというようなことをしていました。その時の隣の席にいた先輩にどこが論点になると思う?と聞かれ、それっぽいことを答えたら「スジが良いね!良い線してるね!」と褒められ調子にのり、このゼミにしよう!と決めました。
(今となってはディベートに興味を持ってもらうためのただのお世辞だったと思います、なのに当時の私は本気にしてました笑)
その後の4年生トークショーではESの志望動機のところをより強固にするためになぜ牛ゼミが良いのかを考えながら聞いていました。
これだけ聞くと真面目で計画性がありそうなのですが、ESの分量が思ったよりも多く〆切前日に旅行先のホテルから書く羽目になったので、今もしこれを読んでいる人がいたら早めに取り掛かることをおすすめします。思ったよりも時間かかる…

旅行先のホテルで開いていたパソコンwith推しのぬい
そんなこんなでESを提出し、面接に挑み晴れて受かったわけですがここで最初の壁にぶち当たります。
それが2月の懇親会と同期会です。
ゼミに合格した後の2月ごろに23期の先輩方と私たち24期になる人たちの懇親会があったのですが、大学に入ってからサークルや部活といった同じものが好きだったり興味がある人との会話しかしてこなかったため、初対面それも趣味も今までの経歴も違うという人と何を話せば良いのかわからず、必死に色々なことを話して空回りをしていました。当時まだ19歳だったのもありひたすらにオレンジジュースを飲んで場を凌いでいた記憶があります。
なんか雰囲気合わないかも?ゼミ選び間違えたかも?と思いながら家が遠いこともあり、その後同じプロジェクトの同期なる2人と一次会帰宅を決めました。
初回ゼミ前に同期が企画してくれた同期BBQでも、私は話のネタが思い付かず、どうしようーってなってた記憶があります。最終的に同期の明るさに焼かれて、隅っこでマシュマロを焼いていました。

隅っこで焼いていたら同期が話しかけてくれて最終的にみんなで焼いたマシュマロ
初回ゼミでは全員1分間自己紹介をします。同期の話を聞きながら同じ界隈のオタク、趣味が合いそうな人はいないかな〜と思っていたのですが、残念ながらおらず悲しい気持ちになりながら、先輩たちの自己紹介の番になりました。そこでは、先輩がゼミで得た新しい考え、学んだことを話してくれました。この話を聞いてからこのゼミ選んでしまったものはしょうがないからゼミで得られるものは得られるだけ得ようという形で動き始めました。
果たしてゼミに馴染めるのかという不安を持ちながらもゼミ生活が始まっていきます。
初回ディベートのテーマの量的質的金融緩和政策(QQE)はそもそも金融についてもまともに知らなかった私にとっては難しいものでした。(当時の私のレベル感は株価が上がると円安、円高どっちになるんだっけ?ぐらいです…笑)
QQEについて何も知らなかったのでメディアにこもって調べたり、家でパソコンをカタカタしたりと班員についてくために勉強していました。テーマの内容理解が早い人やグーグルドキュメントやパワポを使い慣れている人など、やはり牛ゼミは優秀なんだなーと思ったのでそれに負けないように頑張ってました。私はスケジュールや計画を立てたりするのが好きだったので、班の中では会議の日調とかファシリをやってました。(変なところで仕切りたがりがでてますね、悪い癖です)
反対に立論資料や反駁資料を作るための資料やデータ探しをするのが苦手かもしれないと薄々感じ始めました。あとグループワークをするって決めたらつっぱしっちゃって休憩を入れたがらない、雑談をしたがらなかったのもこの時期です。(今となっては話脱線させてむしろ怒られるので、この時期は真面目ぶってたんですね)

真面目そうな顔をしていますね笑
ただ同期にも恵まれ頑張らなきゃ!と思って走り抜けた初回ディベートはうまく行ったと思っているのですが、この時薄々感じていた苦手や嫌なことに直面するのが3ゼミディベートでした。
3ゼミディベートからは新しいお題に変わって立論資料から全部自分達で作り上げる必要があります。にも関わらず、期間は短いし、夏のインターンの選考の時期と被って常に何かに追われてた記憶があります。人間に追われると余裕がなくなるのだと思いますが、頑張って突っ走りすぎてとても他責思考になってしまいました。(いわゆるちょっと男子ーちゃんとやってよー的なやつですね笑)

ディベ会議の休憩中、お疲れでした
提出期限スレスレに立論をなんとか出したこともあり、自分的にはフリディスの練習もあんまりできなかったなと思った記憶があります。正直準備不足を感じたまま本番になったため、フリディスもうまく回せるか微妙だなと思っていたのですが、同じ班のメンバーがすごい手をあげて発言していて、しかも内容も自分が言いたかったことと同じことを言ってくれて驚いきました。準備期間中は、どうして周りはやらないんだろう、自分ばっかりっていう他責思考になっていたけど、見えてないだけ、自分が見ようとしていなかっただけで周りもみんなちゃんとやってるっていうことをこの本番で体感しました。
3ゼミディベートの反省点は大きく分けて2つあります。周りを信用できなかったことと他責思考になったことです。全部自分1人で行うことはできないから周りを信用しましょう、頼りましょうっていうのは言葉では分かってたけど実際自分ごととしてまだ理解できていなかったんだと思います。そして頼らないし、周りのことも見ないくせにどうしてみんなはやらないの?っていう他責思考になるという最悪なコンボを繋げてしまっていました。
そんな形で反省が残るまま3ゼミディベートが終わったこともあったのでその後もディベート班を志望し否定班として渋沢杯に出ることにしたのですが、ここでもまた悩むことになります。
渋沢杯の特徴は準備期間が長い+オープン戦(練習試合)が2回あるということだと思っています。そのため今までのディベートよりも全部を1人でやるという行為は不可能になっています。だからこそ3ゼミの反省点を生かし、周りを頼る、周りを見るということを意識し始めました。渋沢杯否定班では今までのファシリをしたりチームを引っ張ったりする役割から、まわりのバランスを調節する役割に少し変わった気がします(という自認なのですが、変われていたでしょうか、同期のみなさん判断お願いします)
そのようになった理由は渋沢杯の班の構成特有のものがあったと思います。
渋沢杯の班は元3ゼミ肯定班出身と元3ゼミ否定班1班出身、元3ゼミ否定班2班出身という形で元々違うメンバーと立論資料(ディベート資料)を作成していました。3ゼミのときに否定班が2班あったため、渋沢杯でそれを1班にまとめようとすると何が起こるのか。そう、どっちの立論資料を採用しようか問題です。私は元々3ゼミ肯定班だったためそもそも否定側の論理を理解することが第一優先でした。その中で否定班2班両サイドの意見を聞く中でどっちの意見を立論に取り入れるか議論が白熱するところがありました。
特に白熱したのが要点整理に研究開発費を入れるか入れないかです。みんな長い時間と熱量をかけて立論資料を作成するので、自分が作ったものに対して思い入れがあります。お互い譲れないものがあるという人が班の中にいる中で今までの自分のように周りを引っ張ってということをしていたらチームの崩壊の始まりです。だからこのタイミングでは班のメンバーの話を聞くのをいつもより意識して動くようになっていたと思います。
結果、研究開発費を入れるか入れないか問題は関学戦(第一回オープン戦vs関西学院大学)で試しに入れて考えようという結論になりました。
この感じでいくと関学戦ではチーム一丸になって意見を揃えて戦い切ることができました!という流れになりそうなのですが、この関学戦に私はいい思い出がないです…
関学戦の直前は9月頭、サマーインターンの真っ最中です。9:00-17:00でサマーインターンに参加して、20:00-22:00で塾のバイトをし、22:00-ディベートのズーム会議をする日々が数日続き、体調を崩したのです。そのため、関学戦前日、前々日のディベート会議を欠席し、班員とフリディスの練習や共通認識を合わせる作業ができないまま兵庫県にいくことになりました。
そこからは予想通り、フリディスで普段より手を上げられないし、内容も理解できないまま、私個人としては過去一ボロボロのディベートでした。でも班のメンバーは手をあげて発言していくし、負けて悔しかったという。私はそもそも休んでいて準備不足が明らかだったのであまり悔しさもありませんでした。

関学戦後のユニバ。楽しかった、良い気分転換
ここで思ったのは私はこの班に必要なのかな?ということです。
今まで色々な団体で代表をしたり副代表をしたりと目立つポジションで活動していたり、初回ディベート、3ゼミディベートでも班に影響を与えられたと思っていた自分が渋沢杯で初めて班に対して何もできなかったなと思ったのです。
班を引っ張る必要がなくなった今、私は何をすれば班に貢献することができるのか、ということを考えるようになりました。
自分がいなくてもたとえ班が回るとしても、それにあやかってフリーライダーをしていたら牛ゼミを選んだ意味、いる意味はないと思います。
これは組織あるあるだと思うのですが、今自分が余裕があるってことは誰かに負担がよっているという事実があるのです。
だからこそ自分で仕事を見つけ出して動いていくことが大事だと思います。私が当時一番得意だったのは参考文献の校閲と各種資料の誤字脱字チェックです。これは班を引っ張ったりするのに比べたら地味なものかもしれません。
でもディベートで勝つためにはなくてはならないものです。
今までの自分とは違う周りをみて調整しながらたりていないところの仕事をしていくということが渋沢杯で少しはできるようになったのではないかな?と思っています。

渋沢杯本番の写真
渋沢杯が終わり、一息ついたら入ゼミが始まります。入ゼミについては入ゼミ係が一番頑張っていたところだと思うのでその辺の人がブログに書いてくれると信じて割愛させてもらいます。
新しく入った25期とともにスタートした4年生は、プロジェクト活動と卒論がメインでした(卒論に関しては絶賛進行中なので現実逃避して、ここからはプロジェクトの話をします)
渋沢杯が終わった3年の冬から来年度のプロジェクトの企画を考えます。
私はめぐるめ八王子に所属しており、3年次の活動を参考にしながらも4年になったら何をしたいかを考えていきます。活動理念をもとに考えていくのですが、推し活以外特にやりたいことがない私はこのアイディア出しに苦労した記憶があります。
1から10にしていくことは比較的得意だが、0→1が苦手であることに気が付かされました。企画案を考えるのも0→1があって1→10があるので0→1を考える練習をする良い機会になったのがプロジェクト活動だったなと思います。
プロジェクト活動は様々な人と関わりながら活動を進めています。もちろん学外の人と関わる機会も多くあるため、私たちにとっての当たり前や普通が相手にとっては違うことが多くあります。これは言わなくても平気でしょと思っていても意外とそうではないことがあります。
今後社会に出ていかなければならない私たちにとって自分の普段いるコミュニティー以外の人との関わり方を学ぶことができたことがよかったなと思います。

八王子の農家さんとの農作業
ちなみに最初に抱いたゼミに馴染めるのかという問題は意外とすぐに解決しました。
それは互いを尊重してくれる同期だったからだと思います。もちろん趣味や考えは違うし、それはゼミに入った当初から今まで変わらないと思います。
だけど、関わったことのないタイプの人だからと言って距離をおかず、偏見を持たずに真正面から向かい合うっていうのは大事なのかもしれないなとこの2年を通じて学びました。
ぱっと見関わりずらかったり、怖かったりしてもいざ話してみると面白い。そういうことがたくさんありました。
ゼミに入らなければ関わることのなかった人たちと充実した日々を過ごすことができた環境に改めて感謝しなければいけないなと思います。

自分の趣味を隠してもしょうがないと思って4月のゼミ懇親会後そのままシンガポールで推し活したときの写真
(でも勉強してないと同期に置いてかれると思って、シンガポールにもディベート資料持ってってた笑)
こうやって振り返りブログを書いてみてすごい充実した2年間だったなと思います。(エピソードトークまだまだたくさんできるくらいには)

夏合宿でみた花火、綺麗だった。芦ノ湖のふもとで語り合ったのエモかった、後輩と仲良くなれたきがする
元々何かやりたいことがあって商学部に入ったわけではなかった私にとって牛ゼミでの活動はとても新鮮で楽しかったです。もちろんきついときもあったけどそれでも学んだことが多かった2年間でした。
このような環境を作ってくれた牛島先生、23期の先輩方、24期の同期、25期の後輩のみんなにはとても感謝しています。
まだ残り数ヶ月あるので引き続き仲良くしてくれると嬉しいです。

3年4月の同期写真、だいぶ初々しい
ゼミ選びをしている2年生へ
おそらくこんな長い文章を読んでいるのは、真面目にゼミ選びをしようとしている2年生か物好きな同期・後輩くらいだと思っているので、最後に2年生に向けたメッセージ的なのを書こうと思います。
私は最初牛ゼミがこんなに充実+楽しい系のゼミだと思っていませんでした。なんなら楽しさ重視のゆるーい感じだと思ってました(ゼミ説明会とか聞いて察しろよっていう話ではある。)
忙しいゼミは就活と両立難しそうだし、趣味の時間がなくなりそうだからいやだ!と思っていました。
でも牛ゼミに入って何かやることが常にあった方が人生楽しいなと考えるようになりました。もし自分が違うゼミに入っていたら、もし自分がノンゼミを選んでいたら、ifルートはたくさんあると思います。選択をするときはそれを選ぶと同時に別のルートの道を犠牲にしているから。
でも私は例え何かが犠牲になっていたとしても牛ゼミを選んでよかったと思います。このゼミにいなければ今の自分の考え方や成長はなし得なかったからですね。
ゼミ選びは三田での生活を大きく変化させるものになると思います。
だからこそ、2年生のみんなが後悔なくゼミを選べることを祈っています。そしてそれがもし牛ゼミであったら嬉しいです。


