【2020年オンライン夏合宿インタビュー Vol.1】株式会社四万十ドラマ 刈谷貴泉さん編

今回は、株式会社四万十ドラマの刈谷貴泉さんにインタビューを行いました。刈谷さんご自身が四万十町に関わるようになった背景から、四万十町の現状と今後について、様々なお話を伺いました。

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年間3億円を売り上げる地域密着の企業「四万十ドラマ」

ーまずは自己紹介をお願いします。

刈谷さん:株式会社四万十ドラマの刈谷貴泉(かりや・たかみつ)と言います。出身は高知県で、高知工科大学の大学院在学中に今の四万十ドラマに就職しました。卒業をきっかけに四万十町へ完全に移住し、今年で11年目になります。高知県出身ではありますが、四万十は地元ではないのでいわゆるIターン的な関わりということになりますね。四万十ドラマでの仕事としては、経営管理部事業課に所属しています。実際に今も高知県の佐川町というところで商品開発のお手伝いをしていますが、そういった感じで商品開発や道の駅、地域商社の立ち上げのお手伝い、インターンシップの受け入れなどが主な業務内容です。

ー四万十ドラマについても教えていただけますか?

刈谷さん:四万十ドラマは、地域にある資源を使い、地域の自分たちで商品開発をして販売するということを主な事業としています。会社の中には商品を製造する加工部や、できた商品の売り込みをする営業部などの部署がありますね。販売経路として直営店や通販サイトを持っています。規模としては、従業員が約20名、年間約3億を売り上げる企業で、日々地域の色々なところを回って取組をしているというのが現状になります。

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↑ 四万十ドラマ店舗「shimantoおちゃくりcafé」(画像:四万十ドラマのどらま

刈谷さん自身のルーツは“大学時代の研究室”

ー大学時代から地域活動に携わっていたと伺ったのですが、具体的にどういった活動をされてきたのですか?

刈谷さん:具体的には、地域の中でおじちゃんおばちゃんの話を聞いたり、学生と地域の人が交流するイベントを開催したり、大学の近くを流れる物部川っていう一級河川のごみ拾いイベントを企画したりしていました。大学院まで行ったので何を専門に勉強してきたのか聞かれることも多いんですけど、いつも困ってしまうんですよね(笑)。でも当時やってたことは今にも繋がっているなって感じています。

ー牛島ゼミもフィールドワークが特徴のゼミなので、刈谷さんの研究室時代の活動と似た部分がありそうです。大学時代はどんなことを考えていらっしゃたのですか?

刈谷さん:僕は何かはっきりと目的をもって大学に入ったかというと、正直あまりなかったんです。でも大学3年生のゼミに入るタイミングで、それまで地域とか環境と触れ合う中で、そういったものが将来的に自分にとって大事なものになるんだろうなと感じていたんです。明確なものはなかったんですが、当時思っていたことは間違いなかったなと今の仕事に就いて思いますね。だから皆さんがやっているフィールドワークも必ず将来に活きてくるんじゃないかと思います。

ーありがとうございます!そう仰っていただけると心強いです(笑)
学生の頃からもともと地域や環境に興味を持っていたのでしょうか?

刈谷さん:基本的にはゼミに入ってからですね。それまでも興味はあったのですが、ゼミの活動で地域の中に入った時に、やっぱりこういう活動は自分にとって大事なんだなとわかった気がします。

ーなるほど。そういった学生生活を経て、どのように会社を選んだのですか?

刈谷さん:もともと僕は就活を全然してなかったんですよ。リクナビにも一応登録だけはしていたんですけど、全然活用していなかったし、企業説明会にも行っていなくて。なんだか行きたくなかったし、すごく違和感を覚えていたんです。だから僕は自分の働きたいと思う会社、地域やまちづくり、環境などがキーワードになっていたんですが、そういうところを自分で調べて雇ってもらえないか連絡をしたり、ハローワークなどを経由して企業を探したりする形で就職活動をしていました。

ーそうだったんですね。そこからなぜ四万十ドラマに?

刈谷さん:もともと、今僕たちがいる四万十町の十和(とおわ)地区には一回しか行ったことがなかったんです。そこから四万十ドラマに入ろうと思ったのは、四万十ドラマという会社が好きで入ったというよりも、四万十ドラマで働いている人がきっかけでした。その方は、十和にある「いなかパイプ」という移住促進やインターンシップをやっている団体の代表の佐々倉玲於さんという方なのですが、その玲於さんが大学院在学中にたまたま授業にいらっしゃったんです。お話を聞いたらすごく面白くて。それから一年後くらいに、玲於さんから研究室に四万十ドラマの求人のお話が来たので、「玲於さんがいるなら絶対面白い!」と思って応募して、入社が決まりました。ほんとうに人との巡り合わせでしたね。

ちなみに「いなかパイプ」では、長期のインターンシップの受け入れも行っていて、地域で実際に生活をしながら、地域にどんな仕事があるのかなどがインターンシップを通して学ぶことができます。今は都会から田舎へ目線が向けられていますし、このインターンシップによって移住をしたり、そのまま定住して就職や結婚・子育てをしている人もいます。

地域の人々を後押しし、自立した地域をつくる

ー続いて、四万十ドラマで働き始めてから今までのお話を聞かせていただきたいです。四万十町という初めての土地で、地域で根をおろすためにどのようなことをしましたか?

刈谷さん:そうですね、ひたすら飲み会に行ってました(笑) 田舎なので飲み会をする場所も2,3個に限られているんですね。そこに行くと地域の人がいるので、「飲みニケーション」ではないですけど、そのコミュニティに入って人脈を広げて行きました。

ー飲み会は社交場となって、地域では飲みは重要となっているんですね!
そのようにして四万十町と関わりを持って、四万十ドラマで働く中でやりがいを感じる瞬間をお聞きしたいです。

刈谷さん:ちょうど今、香川県三豊市で商品開発のお手伝いをしていて、3年くらい関わっています。三豊市はみかんやブドウ、なしなど果物の生産が盛んで、一人ひとりの農家さんの栽培面積も四万十に比べ広く、豊かなところで、比較的「困っていない」地域なんです。

しかし、今後は果物や野菜を作るだけでなく、商品へ如何に付加価値をつけて販売していくのかを考えていくことが重要になります。四万十ドラマが今まで培ってきた商品開発の経験から、商品開発ノウハウを三豊市の生産者・事業者に提供し、三豊市の中で商品開発ができるようになって地域で稼げるようになるためのお手伝いをしています。それだけではなく、まだ気づかれていない地域のいいものを掘り起こして、外に売り出すということを継続的に続けていくために、地域商社を立ち上げることも提案していました。

今までの取り組みの中で新商品が年に2~3個できてきて、今3年目になったんですけど、やっと地域商社の前段階として協議会が立ち上がりそうなんです!ちょうど昨日、三豊の若い農家の方達が「僕たちでやろう!」って自分たちの口から言ってくれました。地元の若い人達が立ち上がって新しい動きが始まる瞬間に立ち会えたのがとても感慨深かったです。

ーなんと!そんなドラマが昨日起きたんですね!お聴きできてとっても嬉しいです。地域が自立して、継続的に発展できる地域にするにはどんな課題があるのでしょうか?

刈谷さん:自立した地域を作っていくには、言い出しっぺというか、自発的にやる人が地域にいないといけないと思います。四万十ドラマは地域の外の人としてお手伝いをすることで、地域の人のやってみたいっていう想いを引き出すのが役割だと考えています。

ーそうですよね、主体的に行動するためには頼りになる後ろ盾の存在が大切ですから、そんなサポート役を四万十ドラマさんが担っているんですね。

 

地域の若者が“楽しそうだな”と思える仕事を体現する

ー四万十ドラマは四万十町の生産者の後継者不足についてどんなことを行っているのですか?

刈谷さん:後継者不足はとても難しい問題だなと改めて感じています。四万十ドラマとしては、地域のお茶や栗、芋などを使って、所謂2次3次産業の部分を地域の中で担っています。1次産業的な部分は会社としては直接持っていませんが、地域の生産者が作ってくれる栗などをきちんとした価格で買い取り、栗の剪定や保全といったことを地元農協や加工会社と一緒に連携しながら実施しています。自分たちの役割としては、僕たち若い人が楽しそうにしているなというのを体現して仕事をすることが大事かなと感じます。20代の人も四万十ドラマで多く働いていて、若い人がここで働きたいと思えるようなことを発信していくことがまずは重要かなと考えています。一次産業の課題は、現状は難しいと感じていますけど、農協と連携を強めたり、無農薬の野菜を作って地域外にも販売する新たな農業法人を立ち上げたりして、雇用が生まれる環境を作ることも1つの方法かなと考えています。

ー若い人も、稼ぐことに苦労しつつも就農する人も多いことを最近知って、今お話をお伺いする中で農業に関心のある若い人に四万十町の魅力を知ってもらって呼び込むことが鍵となると感じました。

刈谷さん:そうですね。稼ぐことはもちろんですけど、プラスして田舎の暮らし方をセットで発信していくことも良いのかなと感じます。例えば、いつも農家さんから美味しい野菜を頂けたり、おかずを頂いたり。。。(笑)ここで暮らしながら働くと地域の美味しい野菜や食べ物には困らないんです。そういった魅力的な暮らし方もPRできると感じています。

ー地域のコミュニティだったり、美味しいものをいただけることは東京では経験できないのですごく魅力的だなと思います!若い人にも四万十町と関わってほしいという思いがある中で、まず東京の若い人とはどういった形で繋がって行くことが大切だと思いますか?

刈谷さん:いかに四万十町での暮らしを楽しんでもらえるかが重要と考えています。結構インターンシップなどで県外から学生は来るんですけど、生活を楽しめないとか、地域のコミュニティーに馴染めない人は1年ぐらいで去ってしまう人が多いというのが現状です。ですので、まず学生が自分主体で楽しんでもらえることが大切じゃないかなと感じています。そうして地域に長くいることで、楽しみを見つけつつ、何か自分なりの成果をあげられることが関わりを保っていくきっかけになると思います。

株式会社十和おかみさん市代表取締役である居長原さんからも一言いただけました!)
居長原さん:私は学生さんが地域に移住する以外にも繋がり方はたくさんあると思っています。例えば若い人に東京でも四万十町の商品を買ってもらうとか、年に1回は1週間くらい四万十に来てもらうなどして、地域にお金を落としてもらうことも重要な関わり方の1つだと思っています。

株式会社十和おかみさん市 居長原さんのインタビュー記事はこちら!

ーおっしゃる通りですよね。移住するかしないかという選択肢だけではなく、無理のない持続的な関わり方が増えるといいですよね。

“想い”を形にできる職場

ー次に四万十ドラマさんについて詳しく聞かせていただきたいのですが、四万十ドラマさんはどんな職場ですか?

刈谷さん:どんな職場かと言われると、、、常にバタバタですね(笑)新たなことにどんどん挑戦するのがうちのカラーなのでバタバタすることが多いですけど、常に元気で明るい職場です。もちろん大変なことも多いですけど、お金以外にやりがいを見いだせることが多いですし、想いを持って働ける職場だと感じています。

ー挑戦できることがたくさんあって、色々な想いの中で働ける職場なんですね!そのような職場で社員の方はどんな想いで働いている方が多いですか?

刈谷さん:八割ぐらいが、四万十町がほぼ出身の方です。。。が、そうですね、みんなそれぞれたくさんの想い、そして野望を持って働いています(笑)。

ーありがとうございます。これまでに四万十ドラマの活動において、四万十町以外の人に影響を与えられたエピソードはありますか?

刈谷さん:たとえば、しまんと新聞ばっぐの活動ですね。この新聞ばっぐは高知新聞とでんぷんのりのみで作られています。これを四万十ドラマは有料で販売するだけではなく、この新聞ばっぐの作り方を学べるインストラクター養成講座も有料で行なっていて、作り方だけではなく考え方も発信しています。

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↑しまんと新聞ばっぐ(画像:四万十ドラマのどらま

この新聞ばっぐは、自分たちが地域で作って行くものはビニール袋ではなく環境に負担の少ない新聞紙で包んで売っていきたいという想いから作られました。レジ袋の有料化をきっかけに始めた訳ではなく10年以上前から行なっている取り組みです。四万十ドラマは地域のものを扱っているので、地域が持続していくように、特に私たちは四万十川になるべく負担の無いような仕事の仕方やものづくりをしたいという想いが形になったものです。

実はこのしまんと新聞ばっぐは今年、イタリアのミラノデザインウィークというデザインの祭典にワークショップ出展予定だったんです!コロナの影響で来年(2021年)に延期になってしまいましたが、海外にも新聞ばっぐを発信しているんです。

他にも東北の方に新聞ばっぐの取り組みを伝えたことがあります。きっかけは東日本大震災が起きた際に、新聞ばっぐの活動を知ってくださった東北の方から、新聞ばっぐの活動で被災者の方に何かできることはないかという連絡をもらったことでした。そこで四万十ドラマの代表が東北に通って新聞ばっぐの考え方や作り方をお伝えしました。そして、東北の現地で新聞ばっぐが作れるになり、その新聞ばっぐを企業がノベルティ等として買い取ることで被災者の収入になるという仕組みが活できました。この動きは今でも東北で行われています。このように県外の方にも新聞ばっぐの活動を広げることができています。

ー四万十町から全国に、そして世界に輪が広がるなんてとても素敵ですね!

地域の様々な人と連携して、若者から盛り上げていく

 

ーそれでは、今後についてお話を移したいと思います。刈谷さんご自身の野望や今後の目標があれば教えてください。

刈谷さん:今年の7月に、元上司と一緒に四万十町で新会社を立ち上げました。今後、この会社を起点に、地域が連携し、四万十が盛り上がっていくような拠点を作っていきます。

ー刈谷さんが四万十町を盛り上げようとするモチベーションの源泉は何ですか?

刈谷さん:様々な人々との関わりですかね。四万十町に来て11年目になって、色々な地域の元気なキーマンの方々と関わる中で、もっと活躍できるようなやり方があるんじゃないかなって感じています。若い者ももっと頑張らなくてはいけないとも思っているし、自分が今までやってきたことが少しでも活用できるのではないかなという思いがあって今の決断になりました。

ーそれでは最後になりますが、今後、どんな四万十町になってほしいですか?

刈谷さん:自分が来た10年前よりも元気な新しい若い人たちが増えて、様子も変わってきたなと思っています。もっと多くの人や地域と連携すれば、もっともっとおもしろい場所になると思います。四万十町内の人たちの連携に加えて、四万十町外の人といかに連携するかもとても大切だと考えているので、連携する輪を広げて、みんなで協力し、住んでいて「おもしろい!」と思える四万十町にしていければいいなと思います。

刈谷さん、貴重なお話をありがとうございました!

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最後に記念撮影をしました!ポーズは四万十町名物のしいたけをイメージしています(笑)