こんにちは。牛島ゼミ24期のひまりです。新たな26期の仲間探しを目前に控え、私の2年間のゼミ生活ももうすぐ幕を閉じるのだなと実感させられます。2年間の牛ゼミ生活を経て私が感じたことを、ここに書かせてもらえればと思います。最後までお付き合いいただけると嬉しいです!
ほぼ記憶にない日吉時代
オープンゼミに参加してくれた2年生は知っているかもしれませんが、今年の自己紹介には「日吉の好きなご飯や」というお題があるんです。「はまとら」とか「とらひげ」など人気店の名前が2年生から上がると「うわぁあそこいいよね〜!」と教室が盛り上がります。ですが、その中に一人、パッと浮かない表情をしている4年がいます…。私です…。ひようら周辺ではスタバにしかほとんど行ったことがありません。というのも、家が遠かった私は、授業が終わったらいかに早く帰れるかという「通学RTA」を毎日ひとりで開催していたからです。その結果、サークルにも行かずに本当に「何もしていなかった」日吉時代を過ごしていました。
牛ゼミとの出会い
そんな日吉時代を過ごし、何か熱中できるものないかなと探していた時に見つけたのが牛島ゼミでした。ゼミ説明会に参加した際、白いポロシャツ(通称:牛ポロ)を着た22期の先輩が牛島ゼミの魅力について熱く語ってくださいました。良い意味で高校生のようにまっすぐな眼差しがとても印象的で、その情熱に思わず心を掴まれてしまったことを覚えています。本当は他のゼミもいくつか見て回るつもりでしたが、その日はすっかり牛島ゼミに惹かれてしまい、予定を切り上げてすぐに帰りました。帰り際に「もう、牛島ゼミしかないね」と、のちに同期となるさくらと話したのを今でも鮮明に覚えています。
いざ始まったゼミ生活、喋れないレッテル
晴れて牛ゼミ24期の一員に選んでいただき、私の牛ゼミ生活が始まりました。ゼミに入って早々、同期でBBQをしたり、みんなで授業を受けたりと、まさに“大学生らしい”時間が待っていて、ただただ楽しかったのを覚えています。
…しかし、最初の壁は思ったよりも早く訪れました。それが、ゼミで最初に取り組むディベートです。もともと話すことが得意ではないうえに、初回のテーマは「日本銀行の量的・質的金融緩和政策は日本経済にプラスであったか」という、当時の私にはまるで咀嚼できない内容。言葉がまったく出てこない。周りのみんなはスルスルと話しているのに、私は空回りしてばかりで、あっという間に“ディベート苦手意識”ができあがってしまいました。牛ゼミの活動自体が嫌になったことは一度もありませんが、ディベートのことを考えるとどうしても腰が重くなる ― そんな状態でした。フリーディスカッションでも思うように話せず、この試合は完敗に終わりました。
続く第2回の対4年生ディベートでは、今でも思い出すと冷や汗が出る“個人的大やらかし”をしてしまいました。私はもともと熟考してから発言したいタイプで、瞬発的に話すフリーディスカッションが苦手。その中でも「チームに貢献したい」という思いで必死に手を挙げ、「〜(内容は覚えていないのですが)〜、なので、先輩方は理解が甘いかなって思います…。」と発言しました。その発言直後、空気が凍りついてました(笑)

愛しの対4年班。戻りたいような戻りたくないような
――今思えば、もっとうまい言い方あっただろ!と過去の自分にツッコミたい気持ちです。(笑)結局、みんなで力を合わせて戦いましたが、4年生の壁は高く、大敗でした。こうしたディベート2回の敗北から、私は自分に「うまく喋れない人間」というレッテルを貼り付けてしまいました。
レッテルが剥がれるまで
この“うまく喋れないレッテル”は、想像以上に頑固で、長いこと私に張り付いていました。2回のディベートを通して自分に対して貼ってしまったレッテルは思ったよりも粘着力が強かったみたいです。いざ話す場面になると、うまく喋れない。というか、自分よりも喋れる子だらけだし。ディベートが終わっても、その感覚だけはしばらく残っていました。そんな中で、少しずつそのレッテルを剥がしてくれたのが三田論執筆でした。

三田論班@高円寺のタリーズ
三田論の難しさは、「正解のない問いに対して、自分たちでゴールを探しにいかなければならない」ことにあります。みんなで意見をぶつけ合い、足りない部分を補い合うというスタンスはディベートと同じですが、三田論には“時間をかけて考え抜ける”という余白がありました。問題提起を立てては消し、立てては消し、まるで泥沼のようなプロセスでしたが、その中で私は、自分がじっくり考えて言葉を磨くタイプなのだと気づかされました。即興で話すのは苦手でも、時間をかければ私なりに形にできるのだなと。三田論メンバーと何度も話し合い、向き合う中で、「あ、私の発言にも価値があるのかもしれない」と思える瞬間が増えていきました。正直、うまく進んだ場面よりも、行き詰まった場面の方が多かったように思いますが、誰の意見も取りこぼすまいとするみんなのおかげで、気づけば、自分の素を出しながら全力で意見交換をしていました。

三田論班@高円寺駅
こうして走りきることができたのは、間違いなく一緒に頑張ってくれた三田論班のメンバーのおかげです。本当に、感謝してもしきれません。こうして三田論を経て、長いこと貼りついていたレッテルは、ようやくゆっくり剥がれはじめたように思います。
ディベートでの敗北から始まった私のゼミ生活は、三田論執筆を通して「自分なりの活躍の仕方を知れた」かけがえのない学びに変わりました。今では、あのときのレッテルがあったからこそ、ここまで成長できたのだと心から思っています。

大好きな三田論班です(笑)
牛ゼミの門戸を叩いてくれた2年生に向けて
最後までお付き合いくださってありがとうございました。ここまで読んでくださった皆さんなら、きっともう気がついていると思いますが、牛ゼミは“最初から強い”人や、“意見の通る”人が活躍する場所ではありません。むしろ、迷いながらも挑戦する人や、自分なりの輝き方を考える人を大切にしてくれるゼミだと私はこの2年間を通じて実感しました。私自身、最初は得意なことより苦手なことの方が多かったし、不安もたくさんありました。でも、仲間と何度も話し合いをして、向き合い続けるうちに、「自分にもできることがある」と思えるようになりました。牛島ゼミは、そういう気づきをくれる場所です。今のままの自分で、ぜひ牛ゼミに飛び込んできてくれたら、嬉しいです。
みなさんを心からお待ちしています!!


