24期振り返りブログ【ゆなさん編】この環境だからじっくり楽しく悩めた、感謝です

4年生の11月。気づけば、もうこの時期になっていました。
2年生のこの時期、夢中になって22期の先輩方の振り返りブログを読みあさり、「絶対に牛ゼミに入りたい!」と切望していたのが懐かしいです。

大好きでたまらない牛ゼミについて語りたいことは山ほどありますが、あまりにも長くなってしまいそうなので(笑)、ここでは2年間の試行錯誤や得た気づきを中心に綴り、2年生の皆さんにとって私なりの視点から牛ゼミがどんな場所かを伝えられればと思います。

 

1. ディベート ― 苦手から始まった“自分の思考”の発見

牛ゼミの3本柱の1つであるディベート。
私は、「論理的に考える力や、発言の瞬発力を身につけたい」という憧れから、ほとんど迷うことなくディベートを選択しました。

結論から言うと——発言の瞬発力は最後まで得意にはなれませんでした。
年に一度の大きな大会「渋沢杯」でも、全然話せずに悔しい思いをしました。
緊張や論点同士を瞬時に繋ぐのが苦手…などいろいろ理由はありますが、反省は一旦置いておいて…その中で自分なりに考えたこと・気づいたことを少し書いてみたいと思います。

渋沢杯のチーム6人で毎日密に議論を重ねる中で、「考え方のクセって本当に人それぞれなんだ!」と初めて強く感じました。
当たり前のようでいて、意外と気づけなかったことです。

今まで私は、「この人頭いいな〜」「思考スピード速い!」「発想力あるなあ」といった表面的な感想を持つことはあっても、思考のプロセスそのものを細かく見つめたことはありませんでした。
そんな中、私の班には資料の理解も出力もとても速い人がいて、正直かなりあこがれていました。
一方で私は、物事を理解するのにも時間がかかり、意見を出すまでにも考え込んでしまうタイプ。だから、「自分の頭が悪すぎる…」「このままじゃディベートでも社会でも通用しない…」とネガティブになる時期もありました。

でも、チームの仲間を観察したり、頭の使い方について膝を突き合わせて相談したり(牛ゼミには本当に、真剣に話を聞き一緒に考えてくれる人が多いです。そこがこのゼミの魅力のひとつ!)するうちに、少しずつ見えてきたことがありました。

それは、「単に頭が良し悪しという二極の話ではなく、思考プロセスの違いに起因するのではないか」ということ。
たとえば、思考スピードが速い人たちは、過去の経験や記憶を引用しながら理解し、アウトプットしている ”連想型”。 一方で私は、記憶力が良くないこともあり、全て0→1で理解し、1つ1つ順番に意見も組み立てる “構築型”。だから当然、時間がかかる。けれどだからこそ、論理の抜けに突然気づいたり、新しい視点から意見を生み出せたりもすることがある。
 

この発見を経て、私は「自分らしい思考方法」を大切にしつつも、「過去の経験や知識を引用しながら考える」トレーニングを意識的にするようになりました。 これは私にとって、本当に大きな収穫です。

ディベートの本筋から少し逸れたかもしれませんが、「苦手だな」と感じながらも、自分なりに得たものは確かにあった。 捉え方や考え方次第で、自分の選択は正解にできる。そのことを、2年生のみなさんにも少しでも感じてもらえたら嬉しいです。

なぜか残っていた会議中のまじめショット。頭の回転が速い同期を尊敬のまなざしで見てますね(笑)

ディベート準備おわり。就活の息抜きタイムでもありました。

 

2. ソーシャルプロジェクト ― 「理解したつもりにならない」ことの大切さ

牛ゼミのもう一つの柱、ソーシャルプロジェクト。
私は3種類あるプロジェクトのうち「トガプロ(富山県利賀村での活動)」に所属して活動してきました。

最初は「地方創生のプロジェクト!」と胸を張って言っていましたが、2年間の活動を経て、その言葉を簡単に言えなくなりました。
なぜなら、「地方創生」という言葉がいかに複雑で、割り切れないものであるかを文字通り”体感”したからです。

4年生最初の大仕事である企画書づくりでは、前年度の活動を振り返りながら、今年度の活動目標や内容を練り上げていきます。その中で、「自分たちは利賀村に対して何ができているのか?」「“何かしてあげよう”という発想自体が間違っているのでは?」「そもそも村は私たちを必要としているのだろうか?」という根本的な問いにぶち当たり、メンバー5人で唸りながら悩み、毎日のように話し合い続けました。
今思えば、この“悩んだ時間”こそが一番価値のある時間だったと思います。

ゼミに入る前の私は、「人口減少 → 過疎化 → 地方創生が正義」という単純な構図で物事を考えていました。
でも実際には、住民の立場か、行政の立場かによっても見方は大きく変わる。
3年生の時の訪問で、「今の利賀村が好きで、変化は求めていない」「よそ者に介入されるのは嫌だ」という村の方にも出会いましたし、良かれと思って準備した企画がうまくいかずに落ち込んだこともありました。
さらに牛島先生からは、「簡単に“地方創生”“知名度向上”“魅力発信”といった言葉を使うのはいかがなものか」と厳しい指摘もいただきました。

地方創生のコンサルを就職先として志望していた私にとって、これはとても大きな壁でした。
その後、10期ほど上のOBに話を聞きに行ったり(牛ゼミはOBとの距離が近いのも魅力の一つですね)、地方創生に携わる社会人や行政の方に話を聞いたりしながら、「過疎地域の維持や創生の是非」について多角的に考える機会を増やしました。

考え抜いた結果、トガプロの活動が利賀村を助けている、影響を与えているとは言い切れない。 けれど、利賀村をフィールドに自分が成長し、自分自身の人生に大きなインパクトを与えることは絶対にできる。
村の方に「学生としてせっかく来てくれているんだから、この場所をめいっぱい利用して、何か学び取っていってね」と言われた言葉が、今でも心に残っています。

あいまいな結論に聞こえるかもしれませんが、地域や外部の方と関わるというのはそれほど単純ではなく、さまざまな利害関係者の立場を理解したうえで、慎重に関わり方を選ぶ必要がある、ということです。
学生のうちにその感覚を“実感”として得られたことは、何よりも大きな学びでした。

皆さんが牛ゼミに入り、どのプロジェクトに所属することになったとしても、ぜひ先入観や一般論に思考を奪われずに、自分の目で見て、悩んで、もがいてください。
この「迷う時間」こそが、牛ゼミで過ごす中で最も価値のある時間の1つだと思います。

そして、目の前のフィールドを思う存分活用してください。
  社会人になると、会社にとっての利益や大義名分を求められる機会がより増えていくと思います。だからこそ、牛ゼミでは「誰かのために」や「社会課題の解決」に囚われすぎず(ここにこだわることが大切な局面ももちろんありますが。)、「この場所で自分が何を学びたいのか」「経験を通してどんな自分になりたいのか」という“自分を主語にした問い”をぜひ大切にしてほしいです。自分のために思う存分挑戦できる学生時代最後のチャンスとして、牛ゼミほど適した場はそうないと思います。

迷いながらも、全力で取り組んだ2年間。
そのすべてが、今の私の糧になっています。

断絶していた村伝統の獅子舞を披露!同期と村の方と千駄ヶ谷に集まって練習したのが懐かしいです。

 

おわりに

読んでくださった方、本当にありがとうございます。

ここまで、自分の思考の揺れや迷いなど等身大の経験を率直に書いてきました。
もしかしたら掴みどころのない文章だったかもしれません。
それでも私が伝えたかったのは、牛ゼミでは、「迷ったり悩んだりする過程そのもの」の中に多くの学びがあるということ。
そして、そんな時間を支えてくれたのは、牛ゼミという環境と仲間たちの存在だったということです。

他にも牛ゼミについて伝えたいことは山ほどありますが、きっと15名の大好きな同期たちが、それぞれの視点で語ってくれていると思うので、私はこのあたりで撤収します(笑)

みなさんが迷い、考え、決断したその先に“牛ゼミ”があったなら、これほど嬉しいことはありません。
もし牛ゼミでお会いできたら、ぜひ気軽に声をかけてくださいね。

皆さんの楽しく充実した三田ライフを応援しています!