有難豚プロジェクト

Welcome to 有難豚

 

一瞬の楽しみではない食の楽しみを伝える」

 

◆家畜たちをもっと幸せに

養豚家高橋希望さんの考えに共感し、「家畜がもっと動物らしく育てられる世の中にしたい」

そんな想いから2014年に発足した、牛島ゼミ有難豚プロジェクト。

 

私たちのいただいている食べ物には生まれてから食材として届けられるまでの、生き物としてのストーリーがあります。

あなたは今日の晩ごはんを、どのように決めましたか?
スーパーを回って、なんとなく目を引かれたから?安かったから?カロリーが低かったから?

おそらく多くの方は、目の前にある”食材”について考え、選択したのではないでしょうか。
しかし、その食材の生き物としてのストーリーを思い浮かべることはほとんどないのではないでしょうか。

 

例えば、私たちがお肉としていただいている、畜産の現状をご存知でしょうか。

 

(出典)(根拠資料)

絶望の豚舎 「殺される命だからどう扱ってもいい」などという考えは通用しない – 世界を視るフォトジャーナリズム月刊誌DAYS JAPAN
妊娠ストールに拘束されている母豚たちは、90度程度しか見渡せない。首を横に曲げることもできない。彼女たちから見える景色はとても狭い。近畿地方。2013年 Photo by Animal Rights

 

多くの家畜たちは身動きのできない暗い柵の中、早くお肉になるための食べ物を大量に与えられています。中には、人間の好む白い脂肪をつけるために、慢性的なビタミン不足に苦しんでいる家畜もいます。そのような環境下では、多くは人間を怖がって避けるようになり、中には異常をきたす個体もいるそうです。

 

様々な問題点が挙げられますが、これは簡単に解決できる問題ではありません。市場だったり、経営問題だったり、そうせざるを得ない要因がそこにはあるのです。

 

しかし、そうではない環境もあります。

「豚たちに、自由に土の上を駆け回って思いっきりのびのびと育ってほしい。」

そんな思いを胸に、自分の思う道を進む、一人の養豚家の女性に出会いました。私たちは、この女性の豚に対する思いの真っすぐさに魅かれました。そして、大切に育てられた豚たちのストーリーをより多くの人に知ってもらい、共感する人々に美味しくいただいてほしいと思いました。

 

そこで有難豚プロジェクトでは、

「食べ物について考える人を増やす」ために様々な活動をしています。

有難豚の一生を追い、フィールドワークや広報活動など、様々な活動をしてきました。値段や味だけでなく、命をいただいているという意識を醸成するきっかけ作りをしています。

お肉にも命があり、「One of them」ではなく「Only one」のストーリーがあることを活動に関わって下さる皆様と一緒に実感してまいります。

 

ストーリーを感じ、食べ物を自分で選択するようになることが私たちの食をより豊かにするきっかけとなり、間接的に畜産の現状を変えることにつながると信じています。

 

有難豚ってなあに?

東日本大震災後、生き残った豚のブランド。

震災後、沢山の方の支援で生き残った豚が、沢山の方々に元気を与えてきました。

現在ものびのびと育てられ、すくすく、そして美味しく成長しています。

有難豚プロジェクトのこれまで

有難豚プロジェクトは、今年度で5年目を迎えました。

有難豚プロジェクトの発足は、5年前に遡ります。

 

〈偶然本屋さんで〉

研究会の教授、牛島先生がある日ふらっと立ち寄った本屋で見つけた写真集、『ブタとおっちゃん』。香川県で養豚場を営み、まるで家族のように1200頭の豚と暮らすおっちゃん。

大量飼育・大量機械化に伴い、飼育の機械化が進む養豚業界で、自らの手で愛情込めて育てる姿が写ります。「こういう接し方をしていても豚を出荷することができるんだろうか?」という素朴な疑問を抱いたと言います。

 

〈養豚家、高橋希望さんとの出会い〉

この写真集がきっかけで、養豚業界に興味をもった先生がゼミの活動のフィールドとして、何かできることはないだろうか、と考えていた矢先、「ありがとんBBQ」というイベントを見つけます。

 

そこで出会ったのが養豚家の高橋希望さん。

ご両親は、宮城県で養豚場を経営なさっています。

 

高橋さん一家の養豚場は2011年3月11日、東日本大震災により大きな被害を受けました。豚舎が津波に押し流されてしまったのです。養豚場の壊滅により、豚たちはちりぢりになりました。

震災直後、再建について考えることができないなか、近隣の方から「高橋さんの豚がいる」との声が届きました。豚たちは、被災された方に餌をもらったり、安全な場所に誘導されたりして保護されていたのです。

このような東北の方々の優しさで一部の豚たちは生き抜くことができました。その一方で、被災後の絶望的な状況のなか懸命に生きる豚の姿は人々を元気づけたそうです。

 

高橋さんは、震災で大きな被害を受けながらも養豚を諦めることなく、津波を生き延びた豚の子孫を「有難豚」と名付け、少数ながらこだわりを持って育てていくことを決意されました。

 

「大切に育てた豚を、想いをしっかり受け止めてくれる人に届けたい。」

宮城と東京を往復しながら、「有難豚」を通して、豚も人もハッピーになれる社会を目指して活動されてます。

 

その高橋さんの話を聞き、牛島先生は「壊滅的な被害を受けながらも、新しい養豚のスタイルを開拓する機会ととらえて挑戦する希望さんが凄いと思った」と言います。

〈世田谷の養豚場訪問、そしてプロジェクト始動へ〉

有難豚を飼育する農園をゼミで見学させてほしいという先生からのオファーを快く引き受けて下さり、希望さんと共に東京都世田谷区の農園へ。この農園では、造園業を営む傍ら,鶏や豚を飼育しながら循環型農業を行っており,23区内で唯一豚が放牧されている場所だと言われています。

そこには、ふかふかの土の上で、元気よく走り回る豚たちの姿が。豚が豚らしく、のびのびと育つ環境が広がっていました。

「寝たいときは寝て、遊びたいときは思いっきり遊んで。のびのびと育ってほしい」という希望さんの想いに先輩方も共感し、一緒に活動させていただくことになりました。

ついに、牛島ゼミ14期の有志で『有難豚プロジェクト』始動。

そして有難豚プロジェクトは、今年度で5年目を迎えました。

 

1年目

宮城県の農場を訪問「ありがとんのあそび場」作り

2年目

牛島ゼミ初代有難豚「ぎゅーとん」

OBOG会で和酒バル KIRAZ×ゼミ員の手作り料理を提供

3年目

ゼミ生に向けた遠足開催

母豚3頭の暮らす環境づくり

4年目

子豚制度の実施

※子豚制度・・・豚の半頭を買い取る

ギフト作成

5年目

遠足、料理教室の企画

学生に向けた情報発信

「一瞬の楽しみではない食の楽しみを伝える」

をテーマとし、活動してまいります!

 

infomation

・有難豚日記

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