慶應義塾大学 商学部 牛島利明研究会

» 16期振り返りブログ【米沢編】~牛島ゼミで「失ったもの」~

3月 10, 2018 by     No Comments    Posted under: 2018年度入ゼミブログ

こんにちは!16期のよねです。

16期の振り返りブログも残すところ、私と代表2人となりました。同期の振り返りブログはどれも刺激的で「こう考えていたのか…」という発見がありました。

一方でゼミで得た力については共感するところも多いため、私はあえて「ゼミで失ったもの」を3つ、挙げたいと思います。得た力については、16期のブログやテーマブログを見てください。

ゼミで失ったもの。一つ目は「日常」です。

牛島ゼミには「日常」的なものはありません。
ソーシャルプロジェクトでの活動、グループワーク、ゼミの時間…
2年生までの日常とは違う、「非日常」でした。

自分の身長を優に超える2メートルもの雪・二世代、三世代も上の村人達との会話・目にしたことのない食べ物―――

トガプロの活動の中では、牛島ゼミでなければ会えない人に出会え、経験できないことを経験することができました。
血の繋がりもない利賀村は「いらっしゃい」よりも「おかえり」の方がしっくりくる、第二の故郷のような場所になったと思います。

また、同期と同じ方向に向かって、真剣な顔ができること、これも普通の学生生活では意外にできないことだと思います。

ゼミではグループワークを通じて、例えばディベートであれば「優勝」という目標に向かって真剣になります。

同期との真剣なぶつかり合いの末、気づけば同期の言葉に支えられている自分がいることに気づきました。
あの言葉がなければ、今の自分はいない。そう思えるのは本気で前に進もうとしていたからだと思います。

そして、そのような「非日常」な経験の結果「時間」を失ったと思います。

これは、物理的な意味での時間ではありません。体感的な「時間」です。
大学を過ごした4年間のうち、日吉時代の2年間と、入ゼミ以降の三田時代では、まるで時間の速さが違いました。

気づいたらあっという間に卒業となっていた… 非日常で充実した時間によって、いつの間にかに卒業を迎えたように思います。

そうして失ったもの、三つ目は「典型」です。
「典型」にこだわらないというのは、いわゆる「牛ゼミっぽさ」に近いのかもしれません。

何かものごとをそのまま受け取るのではなく、「なぜ?」と一歩引いて俯瞰していたり、泥臭かったり、どこかしらに熱い想いを秘めていたりと、みんなどこか似ていてどこか違っています。

しかし、共通しているのは、目は活き活きしてること。
典型に縛られずに自分のやりたいことを泥臭く探したり、その信念を貫いているからなのかなと思います。

日常を失ったことで、考え続け、広い視野を得ることができ、結果として典型に縛られないようになる。

私はディベートの優勝、レジュメーカー、動画制作、トガプロ、商ゼミ常任委員、入ゼミ、その他全ての経験を通してそのように成長できたのかなと思います。

そして一番大切なのは、辛いことでも楽しむこと。大変なことがない限り、大きな成長(変化)は望めないのかなと思います。
何事も、いくらでも楽しくできると思います。例えその時辛くても、自分が向かってる方向に真剣に進もうとすれば、後に楽しい思い出になります。

二年生の皆さん、何か大変な壁にぶち当たっていても、自分が本当に目指したい方向に真摯に向かっていけば、結果はどうであれ抜群の学びを得ることができます。

また、牛島ゼミはそんなチャンスがたくさん転がっているようなところです。

もし何かしたくてもずっと足踏み状態な方、牛島ゼミという大きなチャンスにぜひ挑戦してみて下さい!

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